ぴあフィルムフェスティバル

「新しい才能の発見と育成」「映画の新しい環境づくり」をテーマに、毎年東京で開催されている映画祭である。PFFと略される。PFF全国ツアー、その他特集映画祭等の企画・運営、映画の製作、配給等を行い、映画のつくり手、観客双方の活性化にも努めている。1999年からは、PFFの主旨に賛同する映画、映像関連企業によりPFFパートナーズを結成、2008年には30回目を迎えた。翌年2009年の第31回は、日本唯一の国立映画機関、東京国立近代美術館フィルムセンター(大ホール)に会場を移し、同機関との共催を実現した。
1970年代、テレビの普及による映画産業の衰退はいよいよ過酷さを増し、大量のスタッフを雇用して映画を量産していた撮影所システムが崩壊。同時に映画監督を養成していた助監督採用も少なくなり、映画監督を目指す多くの若者たちが8ミリを中心とした自主映画の製作に活路を求め、個性を発揮し始めていた。1976年、大森一樹、井筒和幸(当時は、和生)、原一男など、これまでにない新しい感性を有した才能を紹介する上映イベント「ぴあシネマブティック(PCB)」が開かれると、大勢の若者の注目を浴びる。
現在の「ぴあフィルムフェスティバル」の原型となったのは、その翌年、1977年に東映大泉撮影所にて開催された「第一回ぴあ展」の一企画、〈映像部門〉「第一回自主映画展」で、当時は雑誌「ぴあ」を通じて公募した作品をぴあスタッフが審査し、オールナイト上映する企画だった。1979年「Off Theater Film Festival」と名称を改めるが、第4回目開催の1981年より現在の「ぴあフィルムフェスティバル」に改名され、定着した。
1984年、映画製作援助制度である「PFFスカラシップ」を創設し、これまでに園子温、橋口亮輔、矢口史靖、古厩智之、熊切和嘉、李相日、荻上直子、内田けんじなど、現在日本映画界で活躍する監督を多く輩出している。
1989年には、現在のPFF全国ツアーの先駆けとなる「インディーズジャム'89」が大阪で話題を呼び、その後名古屋、神戸、福岡、仙台、京都と日本全国各地でのPFF開催を展開している。また、PFFアワード受賞作やスカラシップ作品を海外映画祭へ出品するなど、新人監督の海外での活躍をサポートする活動も進めている。近年では、第14回PFFスカラシップ作品、内田けんじ監督「運命じゃない人」が2005年カンヌ国際映画祭で4賞を受賞。また、第17回PFFスカラシップ作品、熊坂出監督「パーク アンド ラブホテル」が、2008年ベルリン国際映画祭にて最優秀新人作品賞を受賞する快挙を果たした。
2005年には早稲田大学への推薦入学制度、産学連携に乗り出し、入選監督が最新技術を学べる環境も整ってきている。2006年から参加している文化庁若手映画作家育成プロジェクトでは、これまで「けものがにげる」(村松正浩監督)、「屋根の上の赤い女」(岡太地監督)「直下型の女」(タテナイケンタ監督)の製作を行った。

ピックアップ情報

    アワード入賞者

    • 長尾直樹(1977年、『THE GREAT ADVENTURE OF PHOENIX』)
    • 石井聰亙(1978年、『突撃!博多愚連隊』)
    • 長崎俊一(1978年、『ユキがロックを棄てた夏』)
    • 森田芳光(1978年、『ライブイン茅ヶ崎』)
    • 犬童一心(1979年、『気分を変えて?』)
    • 手塚眞(1979年、『UNK』/1981年、『HIGH-SCHOOL-TERROR』)
    • 松井良彦(1979年、『錆びた缶空』)
    • 山川直人(1979年、『ビハインド』)
    • 飯田譲治(1981年、『休憩』)
    • 緒方明(1981年、『東京白菜関K者』)
    • 黒沢清(1981年、『しがらみ学園』)
    • 松岡錠司(1981年、『三月』/1984年、『田舎の法則』)
    • 笹平剛(現・利重剛)(1981年、『教訓I』)
    • 中島哲也(1982年、『はの字忘れて』)
    • 中西健二(1983年、『真理子へ』)
    • 風間志織(1984年、『0×0(ゼロカケルコトノゼロ)』)
    • 塩田明彦(1984年、『ファララ』)
    • 斎藤久志(1985年、『うしろあたま』)
    • 諏訪敦彦(1985年、『はなされるGANG』)
    • 石井秀人(1985年、『家、回帰』)/ブリュッセル・スーパー8&ビデオ・フェスティバル(ベルギー) 最優秀8ミリ監督賞
    • 小松隆志(1986年、『いそげブライアン』)
    • 園子温(1986年、『俺は園子温だ!!』/1987年、『男の花道』)
    • 成島出(1986年、『みどり女』)
    • 橋口亮輔(1986年、『ヒュルル…1985』/1989年、『夕辺の秘密』)
    • 藤田秀幸(1987年、『虎』)/トリノ国際映画祭(イタリア) 最優秀8ミリ映画賞
    • 秋山貴彦(1988年、『宇宙虫』)
    • 大谷健太郎(1988年、『青緑』/1991年、『私と、他人になった彼は)
    • 大嶋拓(1988年、『ドコニイルノ?』)
    • 鈴木卓爾(1988年、『にじ』)
    • 塚本晋也(1988年、『電柱小僧の冒険』)
    • 谷口正晃(1989年、『洋子の引越し』)
    • 篠原哲雄(1989年、『RUNNING HIGH』)
    • 天願大介(1990年、『妹と油揚』)
    • 矢口史靖(1990年、『雨女』)
    • 古厩智之(1992年、『灼熱のドッジボール』)
    • 奥原浩志(1993年、『ピクニック』/1994年、『砂漠の民カザック』)
    • 中村義洋(1993年、『五月雨厨房』)
    • 富永まい(1993年、『くろこげ』)
    • 佐藤信介(1994年、『寮内厳粛』)
    • 熊澤尚人(1994年、『りべらる』)
    • 豊島圭介(1994年、『悲しいだけ』)
    • 小林大児(1995年、『夏が終る』/1997年、『東京ポルカ』)
    • 村松正浩(1996年、『手の話』/1997年、『シンク』)
    • 渡辺一志(1996年、『19(ナインティーン)』)
    • 今成知之(1997年、『世界の優しい無関心』)
    • 熊切和嘉(1997年、『鬼畜大宴会』)/第28回タオルミナ国際映画祭(イタリア) グランプリ
    • 古澤健(1997年、『home sweet movie』)
    • 白石晃士(1999年、『風は吹くだろう』)
    • 深川栄洋(2000年、『ジャイアントナキムシ』/2001年、『自転車とハイヒール』)
    • 李相日(2000年、『青〜chong』)
    • 井口奈己(2001年、『犬猫』)
    • 荻上直子(2001年、『星ノくん・夢ノくん』)
    • タナダユキ(2001年、『モル』)
    • 内田けんじ(2002年、『WEEKEND BLUES』)
    • 筧昌也(2003年、『美女缶』)
    • 三浦大輔(2003年、『はつこい』)
    • 高橋泉(2004年、『ある朝スウプは』)/第23回バンクーバー国際映画祭 ドラゴン&タイガーアワード(カナダ) グランプリ/第29回香港国際映画祭 アジアン・デジタルビデオ部門(香港) グランプリ/インフィニティ映画祭 コンペティション部門(イタリア) グランプリ
    • 山田雅史(2004年、『つぶろの殻』)
    • 岩田ユキ(2004年、『新ここからの景』)
    • 廣末哲万(2004年、『さよなら さようなら』)
    • 熊坂出(2005年、『珈琲とミルク』)
    • 熊谷まどか(2006年、『はっこう』/2005年、『ロールキャベツの作り方』)/第12回香港インディペンデント・ショートフィルム&ビデオアワード コンペティション部門「Asian New Force」(香港) スペシャルメンション
    • 内藤隆嗣(2006年、『MIDNIGHT PIGSKIN WOLF』)
    • 石井裕也(2007年、『剥き出しにっぽん』)/第32回香港国際映画祭(香港) 第1回「エドワード・ヤン記念」アジア新人監督大賞
    • 中島良(2007年、『俺たちの世界』)/第7回ニューヨーク・アジア映画フェスティバル(アメリカ) 最優秀新人作品賞
    • 井上真行 (2007年、『シねない奴』/2009年、『一秒の温度』)
    • 市井昌秀 (2008年、『無防備』/2006年、『隼』)/第13回釜山国際映画祭 コンペ部門「ニュー・カレンツ」(韓国) ニュー・カレンツ・アワード(最高賞)
    おすすめコンテンツ
    • 物件情報はお部屋さがし物語にお問い合わせください。松山市 賃貸の敷金礼金ゼロの物件もあります!
    • 独立・起業・SOHOなどをお考えの方レンタル 携帯で全力サポートいたします。
    • 皆様、おむつケーキってご存知ですか?華やかでカワイくて、しかも実用的な出産祝いギフトなんです。